15年目の試練
連日の酷暑………。
汗だくになって現場を走り回る毎日です。
私は、睡眠で疲労回復できないタイプの人間なので、この時節を迎えるとドリンク剤でドーピングする機会が急増します(恥笑)。
まぁ、この手の滋養強壮剤ってのは、効果・効能が切れた時の降下っぷりが尋常じゃないので、決して推奨できる方法ではないのですが……。
この時節は頼ってしまうんですよねぇ(苦笑)。
過日も酷暑の盆前を象徴する出来事がありました。
私と同じ委託業務に携わっている御同輩がぎっくり腰になったとの連絡が入り、回り回ってピンチヒッターのお役を仰せつかることに(相互扶助)。
皆さん、疲労が溜まってきているんですよね…。
とまぁ、そんな慌ただしい日々が続いておりますが、酷暑に困憊した心身のバランスを整えるために手指を動かすことだけは忘れてはおりません。
その様なわけで、此度は「昨年から日延べしてきた厄介な宿題」を終わらせるべく奮闘すること「延べ12時間余に及んだ試練の記録」を綴らせて頂きます。
お時間の許す時にでも、ご一読賜れれば幸いです。
15年目の試練
1:事の起こり
話は、昨2020年の6月末にまで遡ります。
とある平日の昼間…ちょっとした隙間の時間ができたので、リビングのエアコンを掃除することにしたんですよね。
いわゆる高所作業になるので、脚立が必要になるわけですが、急いた私は、目の前にあったダイニングチェアを脚立代わりにしてしまったのです。
さすがに座面の中央に乗ることは憚られましたので、枠材の上へ静かに乗ったのですが、その刹那……”想定内にして想定外の悲劇”が起きました。
この気まぐれな所業の代償は大きかったですね…。正に天罰と云うに相応しい状況で、眼前の事態を受け止めるのに暫く時間を要しました(涙)。
何しろ14年もの間、野放図に膨張し続けた私のケツを納めてくれていたダイニングチェアの座面を、無残にも破損させてしまったのですから……。
「急いては事を仕損じる」とはよく言ったものです。 僅かな時間で終わらせようととすると、斯様な惨事に陥ってしまうという好例ですね。
改めて肝に銘じなければなりません(猛省)。
2:ハンス・J・ウェグナーの椅子
自らの愚行による悲劇に見舞われたこのダイニング・チェアは、ハンス・J・ウェグナー(デンマークの家具デザイナー/1914〜2007)によってデザインされたCH-37(アームレスト付:1962年デザイン)と云います。
※アームレストがないモデル:CH-36
このCH-37(CH-36)は、かのシェーカーチェア(米国のシェーカー教徒が作っていた椅子)をモチーフにしてデザインされたと言われています。
因みに”シェーカーチェアをモチーフにした椅子”と云えば、ボーエ・モーエンセン(デンマークの家具デザイナー/1914〜1972年)の手によるJ39(下画像:1947年デザイン)が良く知られています。
私が、この「スーパー ノーマル」「ピープルズ チェア」と称された名作の誉れ高いJ39ではなく、ウェグナーのCH‐37を選んだのには理由がありました。
もちろん、座り心地の比較による結果でもありますが、それに加えて、以前から愛用していたCH-24(下画像:別名Yチェア/1950年デザイン)の隣に置いた場面を想像して選択したというわけです。
J39の質実剛健でありながら温かみを感じさせる立ち姿は、私好みではありましたが、デンキチ家の中で自然に見える方を選んだというわけです。
勿論、J39とてYチェアとの相性は抜群なんですけどね…。
もしかしたら、家具屋さんの展示でJ39とYチェアとのペアリングを見慣れてしまったからかもしれません(潜在意識)。
3:修繕までの道のりは果てしなく
この「100%自業自得」とも言える悲劇から数日を経ずして「一日も早く修繕してやらねばならない!」との思いを強くしたのは言うまでもありません。
さわさりながら、春先(2020年)から感染の勢いを増したコロナの猛威により、仕事の先行きが五里霧中となってしまったため、大枚を叩いてプロに修繕してもらうわけにもいかず、自らの手で直す方法を模索する日々が暫くの間続きました。
そもそも、あらゆる手仕事の中にあって、紐や縄といったマテリアルを扱うのが苦手な私ですから「修繕をしなければ!」という熱い想いに反して、体が素直に動いてくれないというのが本当のところでした。
これぞ「心熱すれど肉体は弱し」という奴です。新約聖書「マルコによる福音書」14章38節が的を得ていることを証明してしまったというわけです(苦笑)。
しかし「やり残した宿題」をいつまでも抱えているわけにはいきません。
同年の秋を迎える頃になって、ようやっと自らの手で修繕する覚悟が定まり、座面の材料でもある「ペーパーコード(200m)」を入手しました。
しかし、材料を揃えて以降の放置期間が長かった…。
これには些か理由がありまして…(言い訳)。
21年のサクラマス復活釣行を理由に、ルアーの製作を優先したため、傷んだ椅子に手を掛けてやれないまま時間は過ぎていったと…。
一日24時間、頭は一つ、手は二本しかありませんし、何より気が回りませんでしたね。つくづく自分の限界を感じさせられましたよ(苦笑)。
そして、時は流れること1年余となった2021年7月31日。満を持して「修繕の段取り」に入ることになったわけです。
4:椅子の中に眠る遺物と痕跡
修繕は2日間で終わらせることにしました。
それは「ヒモを張る・編み込む」という作業の性質上、座面の工程に入ったら複数日に分けるよりも、一日で終わらせた方が好ましいと判断したからです。
初日の7月31日を段取り(解体・清掃・ペーパーコードの準備)までとして、翌8月1日を座面の工程に充てることにしました。
破損させてしまった座面のペーパーコードをフレームから離脱させるのは難しいことではありませんが、それは感傷を伴う作業となりました。
また、作業しながらフレームのくたびれ具合を確認しているうちに、懐かしい思い出がふつふつと湧いてきましたね……。
幼き時分の長男が、ペーパーコードの間から座面の中に隠し込んだと思われるポケモンのコインが出てきたり、製作時に打たれた古い釘や職人さんが遺した文字の痕跡を見ていると、この椅子が作られてから我が家で過ごしてきた時間(歴史)に対する愛おしさが、これまで以上に増してきました。
愛用の品に内在する「時が育んだ力」は凄いですね(微笑)。
5:ペーパーコードを手にする
ペーパーコードを離脱させてからフレームを清掃しました。といっても、経年変化的な汚れを躍起になって落とすことはしませんでした。
あくまでも、溜まった埃を拭き取るといった程度で止めました。
一瞬、従前のソープフィニッシュを再現しようかとも考えましたが、ここまで蓄積させてきた自然なユーズド感を損なうのは嫌だったんですよね…。
という事で、お次はペーパーコードの段取りですね。
ペーパーコードは、この椅子CH-37(36)のみならず、前出のYチェアやJ39のアイデンティティーの一部を形成している要素といっても良いでしょう。
故に、素材の性質を手に馴染ませるべく作業を進めました。
段取りといっても大したことはしません。
ペーパーコードを200m巻の状態でフレームに張っていくわけにもいかないので、作業しやすい長さに切ってまとめておくというだけの話です。
因みに、此度は一束を6ヒロに設定しました。私の身長が177㎝なので、一束当たり概ね10m余といったところでしょうか。
でもって、この10mの束を16束だけ準備しました。
これで凡そ160mになりますね。
此度は従前の封筒張り(三角形の座面)ではなく平織(ひらおり)にしたいと考えていたので、150m以上編むことを覚悟していました。
平織を選択したのは、封筒張りよりも沈み込みが少なく、素人が張り替えたとしても長い期間テンションが保てると考えたからです。
※経験者に確認したところ、Yチェア(封筒張りのケース)の張替えであれば、概ね120m程度で足りるとのことです。
その後、フレームの計測を行った後にペーパーコードの割付(超重要!)を計算し、7月31日の段取り作業を終えることにしました。
6:想定内と想定外
翌8月1日は、朝9時から作業を開始しました。
想定外だったのは、ペーパーコードのテンションを維持するのが容易だったことですね。しかし、それは些少な好事に過ぎませんでした(苦笑)。
それ即ち、もっと別な部分に困難があったというわけです。
ペーパーコードの径は、通常状態でΦ4㎜に設定されています。
けれど、テンションをかければ若干細くなるのは当然の事で、そうした変化を見越して割付を算段していたのですが、想定以上に細くなってしまい(Φ4㎜→Φ2.5㎜へ)、縦ヒモを半分ほど張った段階で、最初からやり直す羽目になりました(汗笑)。
もっとも、こうした「早期のリ・スタート」は折り込み済みだったので落胆することはありませんでしたし、もし、この段階で修正をしなければ仕上がりに難が出ていたはずなので、やり直しは正解だったと感じています(笑)。
7:精神と肉体の持久戦
作業開始から40分足らずでやり直しになったものの、昼までには縦ヒモを貼り終えることが出来たので、作業は頗る順調に進んでいると感じていました。
しかし、本当の試練はここからでした。
一見単純そうに見える横ヒモの編込みが大変だったのです。
これは想定外だったと言えるでしょう。計算を要する縦糸に重きを置いていたせいか、横糸の編み込みを軽く見ていました。
縦糸さえ計算通りに張れれば、横ヒモは規則的に編むだけだと考えていたのですね。これぞ正に、確証バイアスの罠という奴ですね(苦笑)。
端的に言えば、横ヒモの編み込みこそが、全行程の中で一番「体力と精神力を問われる作業」だということが分かりました。
致命的な編み込みミスを起こさないように集中力を維持する難しさもありましたが、それ以上に、指先の消耗が酷かった(軍手よりも革手がベスト)のと、平素は使う事が少ない上腕三頭筋の持久力が問われましたね(痛笑)。
昼食後、直ぐに作業を再開したものの、進捗が芳しくなくないように思われ(客観的には確実にすすんでいたが、一向に進んでいないような気分に陥っていた。)、精神的にはかなり追い込まれた状態になっていました。
特に、夕食後からは体力的な限界が近づいていることが分かり、それまで感じていなかったマメの痛み(左手親指の腹・右手中指と人差し指の脇)が重なって、作業のスピードは上がりませんでした。
そんなこんなの苦行の時を経て座面が仕上がったのは、午後22時を回った頃のことでした。実働12時間余といったところでしょうか。
8:困憊の果てに
完成してから暫くの間は放心状態が続きました。
同じ姿勢で作業してきたので、即座に体を動かすことができなかったのです。しかし、心の中は安堵と充実感そして何より達成感で満たされていました。
振り返って、此度の初挑戦を考察すれば…。
初陣にもかかわらず、応用力を試された感は否めません。
それは、台形座面を平織にすると決めたことに起因します。故に、縦ヒモの間隔設定や張り方には熟慮を要しました。(長方形や正方形ならば容易。)
そして、考えていた以上に肉体的・精神的(集中力や注意力)の持久力が必須だったということでしょうか。
作業内容を大きく分別すれば、頭(先見性:先行きを読む力)を使う前半戦と、注意力と体力と精神力が問われる中盤・後半戦といった感じですね。
まぁ、こうした事柄は、何にでも当て嵌まることでしょう。
とどのつまりは、その作業内容・工程に慣れ親しみ、そして練度を高めていけば、いずれは「至って普通の作業」になるのだと思われます(笑)。
がしかし「それを言っちゃぁお終いよ。」なので、備忘を兼ねて各工程の途上で留意せねばならないポイントをしたためておこうと思います。
A:段取り(前半)
1:フレーム間の計測(上画像)
2:縦ヒモの間隔設定
3:一束のコードの長さ設定
4:ヒモの緩み防止策の検討
5:始点と終点の納め方を検討
B:ヒモ張り・編み込み(中・後半)
1:縦ヒモの間隔確認
※長方形・正方形なら問題ない
2:横ヒモの編み込みミス確認
3:縦ヒモの軸ズレの修正
※横ヒモの編み込みによるズレ
4:フレームの形状に合わせた編み込み
5:最終盤に向けた編み込みの終わり方
CH-37が我が家に来てから15年。
それよりも前から使っているYチェアに何ら問題は起きていないにもかかわらず、私の不注意により、望まれぬ不幸に見舞われてしまったCH-37。
修繕を終えた今も、本当に申し訳ないと感じています。
「15年目の試練」を終えた時から、早くも1週間が経とうとしています。
自らの責任を果たすべく修繕した座面は、想像以上かつ従前の座面(封筒張り)よりも快適性を増していると感じています(本音かつ自画自賛)。
意地になってペーパーコードにテンションを掛け、それを維持することに注力を注いだので、私のヘヴィーウェイトが加重されても負けることはないでしょう。
それは、長期間の供用を約束しています。
今は使用に耐えているYチェアとて、数年後には座面の張替えが必要となるはずです。その折には、更に仕上がり良く張り替えたいですね。
此度は、想像以上に過酷な挑戦となりましたが、本当に良い経験をさせてもらったと感じています。反省と充実の双方を堪能させて頂きました。
「手仕事に乾杯!」ですね(微笑)。