デンキチの木片小魚物語3

Sprout Lures の製作記録と喜怒哀楽日記

四月の釣り【起の巻】復活の狼煙 立ち昇る!

 何をどう記したらよいものか?

 何から綴ったらよいのだろう?

 こうした逡巡を繰り返した結果、分かった事がありました。

 そう……私には、3650余日という追波川断竿の時間を終えた直後に起きた歓喜の出来事語り尽くす術が全くなかったのです。 

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 しかし、それは当たり前のことだとも言えましょう。

 その10年は、その1年は、その一カ月は、その一週間は、その一日は、その一時間は、その一分は、その一秒は、誰にとっても一生に一回しかない稀有な瞬間であるからこそ、「あの日のこの瞬間」という刹那に起きた出来事感情精緻な言葉で著すことは極めて難しいものなのです。

 とまれ、復活釣行を終えて以降、機が熟すのを待ちましたが、過不足なく総括ができるのは釣りを辞める時だと観念するに至り、キーボードを叩くことにしました。

 追波川を舞台にした四月の釣り「起の釣り」と捉え、一生の思い出となるような復活釣行にしようと準備してきた末の結果を、卒なく記す文才はありません。

 しかし、山と海を繋ぐ「川」を往来する自然の恵みとの再会を果たせたという「点の記」を遺すことはできたと自負しております。

 例の如く長文駄文ですが、お時間の許す方はご一読下さいませ。 

復活の狼煙 立ち昇る!

 けっして短くはない時間でした。

 震災から暫くして、被害の全貌を把握していく中で「もう追波川で釣りができないかもしれない…。」と考えてしまった瞬間、「この日の出来事を忘れないために何をすればよいのか?」という自問が胸の奥から湧いてきました。

 その問いに対する答えは直ぐに出ました。

 この過酷な記憶を、刺青の如く己の体に刻み込むために要する時間10年と定め、サクラの聖地「北上の地」を舞台にした一番好きな釣りを止めることにしました。

 とまれ、このささやかな物語は、名も無き頑固な釣り人断竿と復活の狭間にもたらされた忘れ難い出来事を綴った釣行録となっております。

 この日の稀有な出来事に立ち会ってくださった名も知らぬ釣り人の皆様への感謝を込めて綴らせて頂きます(低頭)。 

4月12日の釣り

 春先に入手していた年券に記された釣行開始の日付「3月20日。しかしながら、年度末はそれを許さず、例年通りの仕儀となった。

 幸いだったのは、次男坊の高校入学・始業が、紆余曲折を経ながらもコロナ渦の間隙を縫って首尾よく動き出したことである。

 それを境に時が満ち始めている気配を感じていた。

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 待ち焦がれた復活釣行4月12日に定めてからの1週間は、いつにも増して早く過ぎ去っていくように思われた。

 眠りが浅い日が続き、頭が働きっぱなしの状態になっていたのだが、復活釣行に対する入れ込み方に大きな変化が生じることはなかった。

 これも10年という月日が成し得た事象だと感じている。 

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 そして、4月12日は至って普通に訪れた。

 この日は、14時までに現場絡みの業務を終わらせ、事務所で残務をこなしてから、車上の人となった。

 そして、東北道三陸道をひた走ること1時間余り…。追波川の河川敷に降り立ったのは日差しが暖色を増す16時少し前のことだった。

 暫しの間、釣り座の位置取り逡巡した。

 がしかし、悩む必要がないことに気付いた。

 2021年の復活釣行に際して決めていた事があった。

 ・自作ルアーでサクラを狙う。

 ・動いているサクラを狙う。 

  再挑戦に臨むロートル釣り師にとって有利な選択ではないのは百も承知。されど、この位のハードルを設けなければ、10年間という空白は埋まらないと考えた。 

 「復興」「従前に戻す復旧」と異なるのは自明の理

 本当の復活を果たそうとするならば、それまでとは違う一歩を踏み出すべきだろう。そこに意義があると感じた。

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 無駄な逡巡を止め、飯野川橋下に足を向けた。

 望みのポイントの前後には、既に地元の手練れと思しき釣り師4~5名が入っている状態だったので、不利を承知で上流側に立つことにした。

 追波川の水面を走るは強かった。強烈な上げ潮とあいまって、川が気分を損ねているかのように険しい表情を見せていた。 

 けれど、この時節なら至って普通のことだ。

 幸いだったのは、気温・水温も昇り調子だったこと。忍耐の釣りにあって、好材料が数えられるだけでも喜ばしいのである。

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 帽を外して追波川を取り巻く全てに向けて黙祷

 目を開くと、夕暮れの陽を山肌に受ける上品山が見えた。

 万感の想いが胸を支配した。

 復活釣行の第一投は、慈光と決めていた。 

 誤解を恐れず記すならば……。私にとって追波川は、単なるサクラマスが遡上してくる川」ではなくなってしまったのだ。

 巡礼にも似た復活釣行に際して、自らが心して投じることができるルアーとして鋳造した慈光をラインの先に結わえるのは必然だった。 

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 水面は「追波」という名前に相応しい状態が続いていた。

 久方ぶりのタイダル・リバーである。慣れるのまでに時間を要したものの、この川で釣りに興じることが出来ている事実満足していた。

 時折強まる風に震えつつも、ルアーチェンジを繰り返しながら、ただひたすらに自らの手で作ったルアーを投じる無為な時間が静かに過ぎていった。

 そして、プライムタイムと思しき頃合いを迎えた。

 納竿1時間後と決めた。かみさん「5時半過ぎには川を離れます。」とLINEして、最後の足掻きに挑むべく、再び集中力を立て直した。 

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 午後17時を回った時のことである。

 既に、私の上流側で釣っていたローカルらしき釣り師は撤退していた。下流からも納竿して歩いてくる釣り師の姿が見られた。

 私の後から下流側に入ってきた若い釣り師と私の間で、サクラと思しき魚の背びれが見えた。その数分後、私の立ち位置の上流側で銀鱗が跳ねた。

 サクラが動き出したのは明らかだった。

 下流側の釣り師にサクラが出てくれないかなぁ…。」と考えた。以前なら「俺に釣れてくれ!」と懇願する場面なのだが、私も歳をとったのだろう(苦笑)。

 そもそも、サクラの時合を見定めるのに最も合理的な方法があるとすれば、その答えは「周囲の釣り人の誰かがヒットすること」だと言えよう。

 いわゆるコロンブスの卵」である。 

 誰かのヒットの後で、自分は投じたルアーにサクラが食いついてくれる否かは、我が身サクラ全ての条件を満たしてシンクロするかどうかにかかっている。

 ただ”それだけの話”なのだ。

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 そんな事を考えていると、私から下流方向に3人の釣り師を挟んだ釣り座に入っていたローカル釣り師サクラがヒットした。  

 これぞ正に時合を知らす合図である。

 今この時、集中力を高めなければならないのだ。しかし、がっついてはならない。心静かに集中しなければサクラは出てくれないのだから…。

 ヒットさせたローカル釣り師は、下流に向けてランガンしていた釣り師の助け舟(ランディング)を得て、待望のサクラを手にした。

 下流の方から60後半を告げる興奮を帯びた声が響いてきた。

 それから暫くして、サクラを釣り上げたローカル釣り師が私の方に歩いてきたので「おめでとう!随分と大きかったようですね。」と声を掛けると、嬉しそうに破顔した。そして、彼と二言三言の言葉を交わした。

 別れ際に彼は言った。「追波のサクラはさぁ、飯野川橋の電灯が点くまで釣っていいんだから、最後まで釣りしていきなよ。と。  

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 彼が口にした「締めの言葉」が心に沁みた

 私もこの川に通っていた人間なので、橋の電灯目安になっていることは存じ上げていたが、ローカル含蓄ある言葉には、格別の説得力があるものだ。

 ”その言葉”を受けて慈光を投じること二投目…。

 上げ潮の下層に入った慈光ドリフトを開始。

 そして、ゆったりとターン。だが、ここでは掛からないのは常である。むしろ逆引きに入ってからが核心なのである。

 集中力を瞬間的に高めた。

 回収に入る前に、下流慈光を送り込んだ…。

 その刹那、もぁ~とした魚信を以て、ガツンと合わせた。

 これが10年の時を経て待ち望んだサクラがヒットした瞬間だった。 

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 魚信から良型であることは直ぐに分かった。

 サクラの重さが竿を通して伝わってきたからだ。そして、水中で身悶えするサクラの口にガッツリとフッキングしている様子が見てとれたことに安堵した。

 しかし、夕刻迫る時間帯に入っていることから、悠長にやりとりを楽しんでいる暇はないと判断し、ある程度強引に寄せることにした。

 昨夏に入手した豪竿のバットが綺麗に曲がった。

 内心では「もう少し根元側から曲がってくれると良いのだが…。」と感じてしまったのだが、それは自分が落ち着いていることの証拠に違いあるまい。

 そして、最後のセレモニーはランディングである。

 日が暮れようとする時間に落水する必要はない(護岸で滑って落水する釣り師がいるので要注意!)ので、サクラの3度にわたる猛進をいなし、観念した様子を確認してから、下流側に入っていた若い釣り師助け舟を要請した。

 快諾した彼は、柄の長いネットを持って歩み寄ってくれた。

 そして、なんなくランディングに成功(感謝)。 

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 笑顔の若い釣り師が差し出してくれたランディングネットからサクラを取り出した瞬間、銀色を帯びた鱗が飛び散った。

 フレッシュランの証である。

 これぞ自然の恵みだ。

 そして、手にしたサクラの重みを感じるや否や、それまでの落ち着きが嘘のように霧散してしまったのだった。

 今まで感じた事のない酩酊自失に陥った。

 体が上気して、手と膝が震えた。

 カメラを持つ手が震えて止まらなかった。

 深呼吸をして自分を取り戻すのに必死だった。

 日没が迫る水辺である。撮影には不向きな状況にもかかわらず、カメラの微細な設定は勿論、焦点すら合わせたかどうかも分からないまま、鼓動の早さに急かされるようにシャッターを切ったのだった。

 然るに、褒められるクオリティーの写真とは到底言い難い。けれど、これをこそが「リアル」と言って差し支えないのだろう。

 「その時の私」如実に投影しているのだから。 

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 件のローカル釣り師が歩み寄ってきて、我が身に起こった稀有な出来事に興奮している私の背後から労いの言葉を掛けてくれた。

 彼は「俺が釣った奴よりも大きいんでないかなぁ。」と評してくれたが、それは私が釣ったサクラ太い体躯を見てのことなのだろう。

 時刻は17時45分(日没:18時08分)。

 もう納竿の時間である。粘り強いローカル釣り師たちは、ラスト15分余りに一縷の望みを賭けるようだ。熱い…その熱さが堪らないのだ。

 ランディングを買って出てくれた若い釣り師に、感謝の意を込めて拙作の慈光を進呈し、今一度サクラ追波川の水で清めた。

 そして、サクラマスを抱えた私は、駐車スペースへ向けて歩きながら、かの若き釣り師幸あれと願ったのだった。

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全ては過去へ流転する。

 10年という空白の時を超え、再び巡り合う事ができたサクラマスは、62㎝(尾股長)かつ推定3kg超え(経験値及び目撃者評)の良型だった。

 板鱒には届かずとも溜飲を下げるに十分な体躯であった。 

 この太平洋と追波川の恵みは、私たち家族が有難く頂戴することにした。これは過去からの慣習(最初の1匹は賞味させて頂く)を踏襲した。

 こうして 復活の狼煙 は力強く立ち昇ったのだった。

4月26日の釣り

 自営業を営む輩の私は、余暇・休暇の算段に苦労するのは宮務め何ら変わらないと感じている人間の一人だ。

 勿論、主体的に予定を組むことが可能な立場ではあるし、隙間の時間を比較的自由に活用できるという利点もあるにはあるが、それは万事の都合に沿ったものでは無い場合が得てして多いというのが実際なのである(苦笑)。

 それ即ち…。

 ヒマ仕事が無い収入が減る

 であるからして、有給休暇なんぞが約束されている方々よりも始末が悪い場合も少なくないのだから、私の様な輩を羨む必要は皆無だ。

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 さて、4月26日である。

 方々に都合をつけて追波川へ向かった。

 早朝のニュースで、太平洋側の南と北の隣県に暴風警報が出ていたのだが、この日しか行けないとあらば、覚悟を決めるしかないのである。 

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 現地には、前回よりも早い15時に到着。

 雲の動きが早く、日差しの強弱が激しかった。水色は想定内としても、前回よりも状況が悪いことは明らかだった。  

 水位は2週間前よりも高く、水面の波立ちが激しいこともあって、飛沫を浴びた護岸の色は黒味を増していた。

 釣りができない状態ではないのだから、悪い事ばかり考えても始まるまい。水面の様子を眺めながら近い未来の出来事を夢想した。

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 釣り師の数は前回よりも少なかったものの、またもや願う釣り座に立つことは叶わず、前回よりも更に上流側に陣取ることにした。

 此度の目論見は、前回使わなかったルアーを投げ倒すことだったのだが、北東から吹いてくる強風がそれを許してはくれないように思われた。 

 とまれ、状況に因らず追波川釣行開口一番慈光である。黙祷を捧げたら、ただひたすらに慈愛の心を以て慈光を川底で転がすのである。

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 儀式を終えたら意地を見せるしかあるまい。

 強風という自然の思し召しに逆らうかの如く、ヘヴィーウェイトの千代櫻(ヘヴィーシンキング/86㎜/13.5g)をスナップに取り付けた。

 風が収まる僅かなタイミングを見計らいキャストするも、その途上で風に煽られた…が、この状況であの飛距離なら問題ないと破顔した。 

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 それから暫くして、前回の釣行時にヒントを得たTronillo(鋳造によるスイミングジグ/60㎜/16g)を使ってみることにした。

 結論から言えば、十二分に使えると判断するに至った。むしろ分厚い流れがあった方が使いやすいとすら感じた。

 豪竿の恩恵もあって、ウエイトをしっかりと載せてキャストできたせいか、飛距離は申し分がなかった。(これは千代櫻でも感じた。)

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 前回の釣行を踏まえて、更に季節が進むであろう今回の釣行では、作業着姿スパイク付長靴で釣ろうかと考えていたのだが、あまりにも風が強く、体感温度が低かったため、いつもの通りにハイブリット・ウェーダーを履き、中綿入りのジャケットを着たのだが、それは完全に正解だったと言える(苦笑)。

 もし、作業着姿で釣り座に立っていたとしたら、30分も経たないうちに限界に達してしまい、そそくさと車の中へ退却していたことだろう。 

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 ジャケットのフードを深々と被りながらそんな事を考えていたら、あっという間に納竿の時間となってしまった。

 ふと遠くを見やると、上品山の上に白々とした月が浮かんでいた。

 納竿の踏ん切りをつけるために、ここぞとばかりにフル・キャストした。そして、飯野川橋の方を眺めると、橋脚の合間から夕陽色に染まる左岸が見えた。

 今年は左岸に点在する釣り座堰絡みの鉄板ポイントへ立つ機会はないだろう。それは、自ら掲げた「決め事」にも反するし、何より時間それを許さないだろう。

 そんな事を考えながら納竿した。

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 そして、夕暮れの日差しで些少は温まっているであろう車の中へダイブすべく駐車スペースへと歩みを急がせた。

 …が、大切な儀式があったことを思い出した。

 それはサクラマスが釣れなかった時の儀式である。 

 情けなくも愚かな釣り人の姿が映った車窓を自らが撮影するという不本意な儀式は、追波川・旧北上川サクラ釣行を始めた時から始めた所作だった。

 久しぶりの儀式を済ませると愉快な気持ちになった。

  サクラは釣れなかったけれど、過去の自分が恒例にしていた取るに足らない儀式を踏めたことで気持ちが楽になった。それは「過去の良き時間の中に戻っていく感覚」が味わえたからだろう。

 これからも「過去」「今」の間を行き交いながら、時に「未来」を夢想したり、不安に慄きながら、釣りという愉しみを続けていくのだと、しみじみと考えさせられた釣行であった。 

四月の釣り「起の巻」雑感

 4月は、たった2回の釣行で終えることになりましたが、釣りを再開させた5年前から今日までの状況を照らし合わせて眺めても上出来と云えるでしょう。

 相手が難敵サクラマスとて、釣行するとあらば「必釣」の気構えで挑むわけですが、そもそも私自身の実績をなぞってみても、2回連続で釣果を得られた経験3回しかありません。(一日に2尾はない。私の場合はサクラが1尾出たら終了だから。)

 よって、当時の釣行回数・釣行時間を鑑みれば、釣れなかった時間の方が圧倒的に長いというのは、よもや計算するまでもない話なのです。

 こうした私的サクラマスを鑑みれば、此度の復活釣行出来過ぎだったことは言うまでもありません(微笑)。

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 さて、近い未来の話に触れて本稿を終えることにしましょう。

 自ら「承の巻」と銘打った5月の釣りは如何なるものになるのでしょうか?

 「承」は、前段である「起」説明を補強するだけにとどまらず、「起こり」誤り・過ちに気付くという重要な部分を担っています。

 5月の釣りは、きっと「承」「転」交錯することになるでしょう。

 舞台が大きく変化・展開するだけではなく、反省改善を繰り返しながらの釣りが続きそうな気配を感じ取っているところです(微笑)。

 全国各地の川が盛期を迎えようとしています。

 拙ブログの稀有で酔狂で賢明な読者の皆様にありましては、くれぐれも安全釣行を続けられますよう。願う魚との出会いが叶うことを祈っております。